はるべ便り 修学院離宮 no.2016/11

  • 2016.11.01 Tuesday
  • 15:41
はるべ harube 修学院離宮

<修学院離宮>
 比叡山山麓の修学院にある皇室施設で、1655年(明暦元年)から
御水尾上皇の指示で造営された離宮(天皇・上皇の別邸)です。
上・下・中の御茶屋からなり、各御茶屋の間に田畑が広がり、川を
堰き止めた人工池や広大な庭園が、王朝文化の優美さを讃えています。
 第二次大戦後、皇室財産(国有)と位置づけられ見学には
宮内庁に申し込み、許可が必要です。また、18歳以上でないと
見学はできません。

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はるべ便り 若冲と石峰寺 no.2016/10

  • 2016.10.01 Saturday
  • 00:00
はるべ harube 若冲 石峰寺

<若冲と石峰寺>
若冲は、1716年(享保元年)京都高倉錦小路の青果問屋の
長男として生まれました。40歳の時、家督を弟に譲り画家の
道に専念しました。
また、禅にも興味を持ち、黄檗山へはいり、石峰寺住職と
出会い、五百羅漢の下絵を描き石工に彫らせました。完成
したのは、1788年(天明8年)の京都大火以後と言われ
ています。大火にて家を焼かれ、1791年(寛政2年)ごろ
石峰寺門前に、戻り住み、静かに暮らしました。
 1800年(寛政12年)9月10日、85歳で亡くなり、石峰寺に
土葬され、相国寺と宝蔵寺に遺髪は、埋納されました。

京都 烏丸六角 「はるべ」 Tel. 075-211-4676
Open 11:00-19:00 (日曜日のみ休業。)

HARUBE*はるべ

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はるべ便り 妙心寺 no.2016/9

  • 2016.09.01 Thursday
  • 00:00
はるべ harube 妙心寺 キューブエナメル k1402 k1401 k1404
<妙心寺>
 建武4(1337)年、花園法皇が、離宮を禅寺と自ら改めました。
室町時代、関係深かった大内義弘が、幕府に反旗をひるがえしました。
そのため、将軍足利義満の怒りを買い圧迫されました。
 応仁の乱で、多くの堂塔を焼失しますが、細川勝元の援助を受け
再興しました。その後も戦国武将など有力者の支援をうけて、繁栄
しました。
 広大な山内に重文の三門、仏殿、法堂が並び、46もの塔頭寺院が、
点在し、多くの文化財や史跡があります。


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はるべ便り 若冲生誕300年 no.2016/8

  • 2016.08.01 Monday
  • 11:29
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<若冲生誕 300年>
 江戸中期、1716年(正徳6年)2月8日に青果問屋「枡屋」
伊藤源左衛門の長男として若冲は、生まれました。
(現在の錦市場南東角)
特異は画風、細密画で、当時は認められませんでしたが、
「千載具眼の徒を竢つ」
(千年後には、私の絵を理解する人が現れるだろう)と。
 しかし、1000年も経たぬうちに、近年人気が高まって
きました。生誕300年を機に、京都岡崎の細見美術館にて
所蔵品の展示、伊藤家の菩提寺の宝蔵寺や黄檗山の石峰寺な
どのゆかりの地も紹介される催しが開かれています。

はるべ便り 祇園祭 お稚児さん no.2016/7

  • 2016.07.01 Friday
  • 11:53
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<祇園祭  お稚児さん>
 お稚児さんは、山鉾巡行に際し、太刀にて注連縄を切り落とし、結界を解き放ち
先に進ませる大役をまかされます。古式に則り、白馬に乗り正五位少将位と十万石
大名の格式をもらう「社参の儀」を行います。宮司・神官から海山の幸を献上され
稚児が粽を供え、祝詞の後、神酒洗米を頂き「神の使い」となります。生き神様
となった稚児は、祭の間中、火打石で清めてからお膳を父・祖父の男性だけで食します。
祭壇のある注連縄の張られた稚児家で過ごし、稚児は公式には、地上を歩かず、屈強な
強力(ごうりき)が、肩に乗せ鉾の上まで上ります。御池新町通りで、強力が稚児を
肩にし鉾から降り、八坂神社で「お位返しの儀」が行われ、普通の子供に戻ります

はるべ便り 大田神社のカキツバタ no.2016/5

  • 2016.05.01 Sunday
  • 11:00
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<太田神社のカキツバタ>
大田神社は、恩多社(おんたしゃ)とも言われ、芸能の神として、天鈿女命(あめのうずめ)が祀られています。
神社東側にある大田の沢は、カキツバタ25,000株ほどが、自生しており、カキツバタ群落とともに、昭和14年(1939)に国の天然記念物指定されました。
文治6年(1190)に、平安時代 藤原俊成(『千歳和歌集』の編者)が、“神山(こうやま)や 大田の沢の かきつばた ふかきたのみは 色にみゆらむ”紫一色に染まるカキツバタが、一途な恋心のようで可憐だと詠んでいます。また、尾形光琳の『燕子花(カキツバタ)図』は、ここがモチーフになったとも伝えられています。

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はるべ便り 「大覚寺と大沢池」

  • 2015.09.10 Thursday
  • 11:18
2015年9月大覚寺と大沢池.jpg

嵯峨天皇は、平安初期(810年)嵯峨野に現在の大覚寺(嵯峨院離宮)を造営されました。
その折、中国の洞庭湖をモデルに、日本最古の人口池「庭湖」と呼ばれる庭池を作られました。
大沢池(おおさわのいけ)はその宛池の一部です。
小倉百人一首にある、藤原公任(ふじわらのきんとう)の「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ」と詠んだ名古曽の滝跡があることでも知られています。
日本三大名月鑑賞地のひとつでもあり、仲秋の名月には、一対の龍頭(りゅうとう)舟、鷁首(げきす)舟を浮かべて観月を楽しむ催しが開かれ、満月法会や琴・バイオリン演奏が境内で催され、風情ある秋を味わえます。

大覚寺HPです
観月の夕べは9/25〜9/27
秋の夜間特別拝観「真紅の水鏡」は11/13〜12/6

観月の夕べでは、龍頭鷁首舟にも乗れるそうですよ!チケット制ですのでお早めに!

はるべ便り・・・詩仙堂

  • 2015.05.04 Monday
  • 13:18
詩仙堂は、1641年に石川丈山(1825〜1672)が終の棲家として定め建てた住居です。
丈山は徳川家康に仕え大阪夏の陣に参加しましたが33歳にて引退し朱子学や禅を学び”清貧の中に聖賢の教え”を自分の勤めとして、詩や書・造園にいそしむ文化人でした。
 「凹凸窠」(おうとつか:凸凹した土地に建てた住居)が詩仙堂と言われるようになったのは中国の漢・晋・唐・宋の詩家を36人選び、狩野探幽に肖像を描かせ、各詩人の詩を自らかいて壁に掲げたことに由来しています。
 毎年 5月23日〜25日の3日間は「遺宝展」として特別展示が催されます。

城南宮の湯立神楽

  • 2015.01.05 Monday
  • 12:18
城南宮の湯立神楽・・・1月20日 午後2時 (京都市伏見区中島鳥羽離宮町7)
大釜で煮立った湯を巫女さんが笹の葉の束で四方に散らし,邪気を祓い,無病息災,願望成就を願う神楽。

神楽鈴・扇を使い祓神楽を奉納すると、たすき掛けの巫女が柄杓にて天の水をすくい、直径70センチほどの大釜の湯に注ぎ入れる所作をして、塩を撒き清めます。沸き立つ湯に、洗米・酒を入れて次に神憑りするように御幣を手に笛・太鼓にあわせて舞います。そして笹の束を両手に持ち、笹の葉で釜の湯を勢いよく撒き散らし、無病息災・願望成就を祈り、邪気を祓います。

はるべ便り・・・千本釈迦堂(大報恩寺)の大根焚き

  • 2014.12.04 Thursday
  • 14:03
harube-12.jpg
安貞元年(1227)、鎌倉初期に創建され、本堂は応仁・文明の乱の戦火から免れ、国宝に指定されています。
本尊釈迦如来は、行快作。霊宝殿の木造十大弟子立像は、快慶作。
また、定慶作の六観音菩薩像も見ることが出来ます。
 大根の切り口に梵字を書いて、鎌倉時代に魔よけにしたのが起源とされています。
現在も梵字を書き加持祈祷して、切り分けた大根を焚きこんでいます。諸病除けに効くと昔から信じられ、多くの人が集まり、食して体の芯までも温めています。

  大報恩寺・・京都市上京区七本松通今出川上ル

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